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2017-01-13

魔女とシンクロニシティとセレンディピティ。

最近、またよくある現象なのですが…

久々の友人などにラインやメールをすると「今ちょうどみうのこと考えてたから、びっくり」とか「昨日みうの話題してた」とか言われます。

その逆もしかり。

会いたいなと考えていたら、向こうのほうから連絡をしてきてくれたり。

ほしいなと思っていた情報がたまたま見たところにあったり。年始に書いたやりたいことリストのいくつかがそのおかげですでに叶いそう。

そういうこと。

ない時はぱったりとそういうこともなくなるのですが、ある時には続きます。

今ちょうどそういうのがよくある時期に突入したようです。いい感じみたい。

それとは逆に、ああなんか鈍ってる、流れが良くない、と感じるときももちろんある。そういうときは大体すぐに不機嫌になったり、体をこわしたり、怪我をしたり。

ジジと猫


なんという現象だったけ?とど忘れしてしまって「思い浮かべた人から連絡がくる現象」って調べたら「シンクロニシティ」と出てきました。

そうそう、シンクロニシティというやつ。

たまたまといえばたまたまの出来事だし、だからなんなんだといえばそれまでの話なのですが、私にとって、そういう時期って「何かを拾える」ことが多いのです。

結局は、自分で気づいたことを拾っていくだけのことなのですが、その拾うものを気づくのか気づかずに通り過ぎてしまうのか。

拾うというかキャッチするというか…まあどっちでもいいのですが、ちゃんと「今」にいる時じゃないとこういうことに気づけないから、うん。いいこと。

ちゃんと「今」にいることができてると、こういうことは特別なことではなくって当たり前におこるようになっている。

そういうこと。

シンクロニシティ、意味のある偶然。そしてもう一つ似た言葉があったなーと頭の中から頑張って思い出したのが、セレンディピティという言葉。これは「ふとした偶然をきっかけに幸運を掴むこと」だと。

意味を持たせるかどうかは自分次第。なんでもかんでも意味を持たせるのも、ちょっとどうかと思うけど、「何か気になる」と感じる直感みたいなものや物事をいろんな方面からみることには、敏感になっておきたいなと思う。

それを生かしてセレンディピティにできればいいですよね。それは待つだけではダメで種をまかなきゃいけない。種がないところには花は咲かない。

ちなみに、私の大きなセレンディピティは、失敗したと思った大学と就職だったけど、そのおかげでヨガに出会えたことですね。ヨガを本格的にはじめてから、今はこうしてヨガが仕事にも暮らしにもブログにもつながっている。そしてそのおかげで本を出させてもらった。

結局人生は大きなセレンディピティで繋がっている。

「やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ」

荒井由実の「やさしさにつつまれたなら」に出てくる歌詞。とても好きな歌。マラソンでくじけそうになった時にもこれが流れて助けられたっけ。

そうか、やさしさに包まれたときに現れるのだな、メッセージは。

ああ、そうか。そういうことだ。

小さい時から魔法使いとか魔女とか大好きだったんですけど、こういうのも小さな魔法のような気がする。

ジジと猫


そして、魔法使いのエリサさんをはじめ、不思議と私のまわりには「魔女」みたいな人も多い。笑。いい魔女。

これも好きな魔女のお話。

大人になってわかった。魔女はあらゆるところにいるし、なることもできるんだ、と。そして、私の知っている魔女たちはみな、やさしさに包まれているように見える。

私もやさしさに包まれた魔女になりたい。

そう思えば、ヨガや瞑想も私にとってはひとつの魔女修行。感覚を研ぎ澄まさせていくから、シンクロやセレンディピティに気づきくためのいい訓練になっているのだと思います。

※ 上の写真2枚は整理していたら出てきました。実家にいたころのジジと実家猫。ジジを初めて見た時「だ、だれあんた…!」みたいな顔してますが。

「偶然」にまつわる話


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